新任(現在の主担当)理学療法士、Yくん。
2006 / 09 / 19 ( Tue ) 19:20:07
この理学療法士くん、今年の4月からです。
月曜日担当という事で、毎週欠かさず入っています。
最初の日は、朝から心臓バクバクで仕事も手に付かなくなる程でした(ヤバイ・・・)。
この緊張は受けても消えず、初日は散々でした。
翌週はリベンジ!とばかりに、とにかく色々話しました。
主担当理学療法士にも、来週はリベンジします!って伝えていて、その事を多分、主担当理学療法士がYくんにも伝えてくれていたんでしょうね。
色々話せました。

最初の週は、時間の人がいないと分かると戻ってしまったのですが、翌週は私も時間通りに行けた事もあってか、Yくんも迷う事無く私を探し当ててくれました。
Yくんには、装具診にも立ち会ってもらわなければならない為、その事も初日の緊張の中で伝えさせて頂きました。
そうしたら、『分かりました♪』って事で引き受けてくれる事になりました。
これから色々なエピソードが出て来ると思います。

追って紹介して行きますね。

2006/04/16 執筆


あれから、装具修理を2回程依頼しました。
その度に一緒に付いてくれ、2回目には私が『クッション素材の変更』という事を言い出し、その事についても『1ヶ月のサイクルでは短いですよね♪』と装具士さんに対して言ってくれて変更の一助となってくれました。

初日は私の前で入る人が来てなくて、Yくんも次の患者さん(私)が分からなかったんだよね・・・予約表のファイル持って出て来て、スタッフの方に何か聞いていました。
そしてリハ室に戻ってしまいました。
だけど…私は、見た時にこの人が新任の理学療法士さんかな?って直感しました。
時間の患者さんがいない事が分かって理学療法士さんが戻られた後、クリニックのスタッフが『患者さんがいないので先に入って下さい』と言われたのですが…。
ただでさえ1日の時間が足りないのに、私の後にまた人が入るなんて事になったら…体がこわばって固まってしまうので、『来ない事が確定したら入ります』という事で、理学療法士さんを待たせるという苦渋の選択をしました。

その後は、私をサッと見つけられるようになり、戸惑う事もなく、やって頂いています。

Yくんが来てくれるようになって2ヶ月が経ちました。
この2ヶ月の間に2代目の主担当理学療法士のMさんと色々あり、急遽!!主担当理学療法士を変更する事になりました。
その事をつい最近、Yくん本人にもお話させて頂きました。
そうすると、『分からない事がまだ沢山ありますが、それでもいいですか?』と前向きな答えをくれました。
私は、、『MさんかHさんに聞いて下さい。あとはカルテ読んでもらえば分かると思います』という事を伝えました。
そうしたら、『分かりました』という事で引き受けてくれる事が決まりました。
みぃちゃんやHさんにもこの事をお話させて頂いて、正式に(?)Yくんにお願いする事になりました。
Yくんは来てくれるようになった当初からずっと前向きで、装具修理に出してすぐの時に『来週、装具が戻って来たら、チェックしましょう!』と私が安心できるような一言でサポートしてくれた事も、主担当理学療法士として選任した理由です。

こんな前向きなPTくんに出会えてよかったと思っています。
これから先、このPTくんにお願いして行く事になりますが、この前向きさをこれからも大切にして欲しいと思います。

2006年7月2日編集


主担当理学療法士として選任後、3ヶ月が経ちました。
あれから前主担当理学療法士のMさんの理学療法へも復帰し、このMさんの理学療法への復帰を決めた時に正式?な形にしたいとYくんにこれから先もお願いして行きたい事を話し、現在では私のPT全て(装具修理の依頼や修理時の立ち会いも含めて)においてお任せしています。
MさんのPTへの復帰を決めた時、『このままYくんにお願いしたいな・・・』って思っていました。
でも、『Yくんがなんて言うかな・・・MさんのPTに復帰したら自分は外れると思っていないかな・・・』って思って、ちょっと不安でした。
だけど、その思いをみぃちゃんに話したら、Yくんへ伝えてくれたみたいで『そのつもりでいるみたいなんで大丈夫ですよ♪』って言ってくれたので、私からも思い切って伝えてみる事に。
そうしたら、『分かりました♪大丈夫です♪』とのコトで了解頂けて、正式決定となりました♪
私も色々悩んではいたけど、前向きに取り組んでくれるYくんの理学療法、これからも受けて行きたいと思っています。
最近では、YくんのPTを受けないと体が異常を来たしているような状態なので、欠かさずに受けています。
頭の中では『祝日で受けられない』等々、理由は分かっていても、体が求めているんですね。
心も不安定になってくるし。
怖いです、こういうの。
でもそれだけ、Yくんの理学療法は私にとってなくてはならないものである事の証拠なんでしょうね。
これからもお願いして行きます♪

2006/09/16 編集


このPTくんは昨年からの継続で2年目に突入!!

つい最近の話、このPTくんの日に私1人だけ…なんて事がありました。
珍事件、とでもいいましょうか?
患者さんのキャンセルが相次いで、私1人になってしまったんですよ。
こんな事、前例が全くない…にも関わらず、Yくんは、『いいよ、月曜日はここに来る約束になってるから』と言ってくれました。
Yくんも大学病院の仕事が多忙でわざわざ私1人の為に出勤するのはメンドクサイだろうなぁ…と思っていました。
それでも、Yくんは嫌な顔1つせず、私1人でも出て来てくれて。
甘えてていいのかなぁ?と思ってしまった程でした。

そして、遡る事、5ヶ月ほど前の話となる。
この時に私は、braceの問題を抱えていた。
こんな大切な時にMさんが突然来れなくなった…。
私はbraceを修理に出す時にはベテランさんとの相談を経てから出すようにしている。
その為に、この時もどうしようか最終確認をするつもりでいた。
しかし、Mさんが来れなくなると、残るは2年目突入のYくん1人しかいないのである…。
それまでの私の症状や、足の事を熟知してくれている人でないとダメなのだ。
この時、4月に入って3週目。
Yくん以外の人にお願いされるとまた路頭に迷う。
でも、この時は4名で話し合ってくれて、Yくんが来てくれて、修理箇所の確認をしたり、新たに気付いた箇所も話し合ったりして有意義な20分になりました。
皆が話し合ってYくんにお願いしてくれたからだと思う。
大学病院の仕事が忙しい事を知ってる私は、『大丈夫だった?』と聞いたんだけど、『大丈夫じゃない!!』って言われて、ちょっとショックだった事もあったけど、Yくんの訓練の日はとても大切な時間となっています。

2007年9月16日編集


Yくんは、3年目に入っても当初と変わらぬ優しさを持って接してくれ、『患者さんの事に真っ向勝負で向かってくれる』PTくん。
私がMさんのことで悩んだときも、『無理することないよ。ボクはもう1年以上診てるから大丈夫だよ、何かあったらボクに振ってくれるようにまーちゃんとNさんにも伝えておくよ』って言ってくれて、いつもサポートしてくれる。
そして、Mさんのことで行き詰って辛い時に、しっかりとフォローをしてくれたのも、Yくん。
Mさんのことで私が受けられなくなったとき、『無理しなくていいよ。もう1年以上診てるから大丈夫だよ』と言ってくれたのも、Yくん。
誰かの様子がおかしいと私が気付いた時も、『ボクから話しておくよ!!』と嫌がりもせずに引き受けてくれる頼もしいPTくんである・・・。
そして、『こんな人、どこ探してもいないよ!!』っていうくらい、頼れるPTくんであり、親友も頼りきっているPTくんである・・・。

2008/04/28 執筆
PTさんとのエピソード CM:1 admin page top↑
担当装具士Tさん。(2002年5月からお世話になっています)
2006 / 04 / 14 ( Fri ) 19:46:21
初代PTのOさんから「装具の作成をしましょう」と言われてから出会った義肢装具士のTさん。
病院全体の装具(病院に来ている患者さんのうちの何人かの装具)を担当して頂いているので、その中の1人がGREEN。
足の型取り、装具の足合わせなどの頃からお願いして、3年目に突入しています。
よほどの事がない限りこの担当者の方は変わらないので、ほとんどお願いしちゃっています。
初代の理学療法士が曜日を代わり、GREENが自分も曜日を変わろうとした時にお話しさせて頂くと、「電話でも分かるからいいよ、一緒に変わって」と言ってくださった方です。
その事もあり、GREENは現在でもあちこちの曜日を回り、異常があった時は、月曜日のPTさんにお願いして渡してもらうようになり、直接会う回数は減っています。

この担当者の方に関しては、こんなエピソードがあります。
いつものように、装具の異常でTさんに来て頂こうと、Tさんの所属先の会社に電話をさせて頂いて1週間後の事です。
会社の方で伝わっていて、来て頂けるものと思っていました。
しかし、全く顔を出してもらえず、どうしたものかとTさんの携帯にOさんが電話をしてみると、「聞いてなかったです!!ごめんなさい!来週行きます!!」という事だった。
Tさんの所属先の会社がGREENの通う病院から車で1時間くらいの場所にあり、「すぐに来てっ!!」とは言えませんでした・・・。(^^;
GREENはどういう事かと翌週問い詰めてしまいました。
そうすると事務員さんの不手際で、伝わらなかったそうなのです。
大切な電話を伝えないとは何事!!
そんな事を思っていました。
その後、現在に至るまで、Tさんの携帯に直接電話をするという方法で確実性を求めています。

これからもTさんにお願いしていく事になります。
もっといい関係でいられるといいなって思います。



2005年7月17日GREEN記
PTさんとのエピソード CM:0 admin page top↑
2005年の4月から1年間お世話になったAちゃん。
2006 / 04 / 13 ( Thu ) 21:36:15
Aさんは今年の4月から来てくれています。このAさんはかわいいというのが第一印象で、お任せしても大丈夫って思えるようになるまでそんなに時間のかからなかったセラピストの1人。
このセラピストは最初、『お嬢サマのような人でお上品な感じの人』という話を聞いてました。
それで最初、『大丈夫かな?』って心配しちゃったんです。
そして、本人の理学療法を受けてみる事に。

初回と2回目は緊張しながら何とか終了、3回目は『どうやってやるんだっけ?』とAさんが戸惑ってしまいました。
もうあかん・・・GREENは思いました。
これ以上放っておいたらGREENがこのセラピストの理学療法を受けられなくなってしまう・・・。
そう思ってAさんには、『Mさんに聞いてみぃ』という一言を伝え、Mさんにもお願いをして、力を借りる事に。
それから改めてAさんの理学療法を受けてみると、PTさんは戸惑っていたのが嘘のように、色々やってくれました。
(これもMさんのおかげ?)
それからは、Aさんも戸惑う事無く、満足の行くいい理学療法をして下さっています。
この先いつまで関わる事が出来るかわかりませんが、お任せして行きます。


2005/10/04 執筆

このセラピストは、『教えてもらった道でしか帰れない!!』と言い出したセラピストでもあります。
GREENはこのセラピストの言いたい信号の場所が分からず(同じ名前の信号が2つ存在する為)、その時は説明出来なかったのです。
しかし、他のセラピストからの情報を得て、何とか理解が出来、試走やセラピストからのお話を聞くなどを繰り返すうち、GREENの頭の中に地図が出来上がりました。
無事に辿り着く事が出来たのか、GREENも気が気ではなく、心配でこういう行動を起こしたんだけどね、無事に辿り着いた事を聞き、安心しました。
地図を書いてGREENの担当セラピストを通じてお渡し頂くと、『大丈夫だと思います』という一言を担当セラピストを通じて頂く事が出来ました。
これからは道が工事をしていても違う道で迷わずに帰れるといいね。
また何かあったらいつでも言ってね。
力になるからね。

2005/10/08 執筆


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初代主担当理学療法士の頃から診て頂いたTさん。
2006 / 04 / 12 ( Wed ) 19:30:08
この理学療法士さんは、2002年5月から2005年3月までお世話になりました。

このTさんと出会ったのは、多分、理学療法開始の翌月くらいからだったような気がします。
Oさんの日も枠が空いていなかったのか、都合で来れなかったのか、定かではありませんが、時間枠がなく、そして、後々に問題を抱える事になるYさんの日も空いていなくて、当時いたもう1人のOさんとのどちらかで選んで下さいと病院スタッフから言われて選んだのが、Tさん。
Tさんは見た感じ、GREENとそう変わらないくらいの年代の理学療法士さん。
どんな感じの先生なのか、「人となり」を知る事にしました。
最初は当たり前の事ながら、TさんもGREENを見つけられず、リハ室の助手さんに声をかけていました。
GREENを見つけると理学療法士さんは「お願いします!」と元気のよさそうな声で言われ、こちらも、「お願いします!」って返して・・・それから始まった。
ここから、かれこれ3年くらいの付き合いになって行くのだけど、装具の事、足の事、色々な相談をした思い出が蘇ります。
理学療法士さんとのお別れを2ヵ月後に控えていた(と言っても、お別れを知ったのは、今年の3月末の話だけど・・・)今年1月の事。
枠が取れず、GREENが、20分しか受けられなかったなんて事がありました。
実は、この理学療法士さんの時でした。
20分という事であまり満足できる時間ではない中で、Tさんは色々やって下さいました。
しかしGREENは、それからずっとTさんのリハビリを受けたいと思っていました。
何だかやってもらえてない気がしていて(20分じゃ足りず、体が要求していて)、もやもやした物が残っていたから。
しばらく不完全燃焼で燻(くすぶ)っていたのですが、次に受けられる事になった時に、TさんはGREENに完全燃焼させてくれました。

Tさんは前任の主担当理学療法士さんとのお別れ直後に、これからどうして行けばいいのだろう・・・と悩んでいたGREENに、「全く会えない訳じゃないから何かあったらボク経由でも連絡取るし、相談に乗ってもらう事は出来ますよ」という力強い言葉をくれました。
嬉しかった。
あの一言で、立ち直るきっかけになった。
頑張ってみようと思えるようになった。
色々な面でサポートして頂きました。
お忙しい理学療法士さんだったんだけど、装具の事にも首を突っ込んで頂き、Mさん、Hさんと3人で色々考えて頂きました。
Tさんの優しい一言がGREENを立ち直らせてくれた。
GREENに力をくれたその理学療法士さんがいなくなってしまって、凄くショックだけど、きっとどこかでGREENにも力を分けてくれていると思います。
GREENもくじけずにリハビリ、頑張って行きます。

2005.8.8執筆

Tさんは、とてもいい理学療法士さんで、Oさんのピンチヒッターとしても何度か来て下さいました。
自分も忙しい・・・それでも、「Hさんにばかりお願いしていては申し訳ないのでボクも入ります」と言ってOさんのピンチヒッターを引き受けて下さったのです。
その一言がGREENには嬉しかった。
実はこの時、既に1人のセラピストの事をGREEN自身が受け入れられなくなったのです。
その事をTさんも理解して下さっての事だと思うのですが、ありがたかったです。

Tさんの最後の年はホント、多忙だったと思います。
それをGREENは、装具の件で相談したいという事で、他のセラピストと一緒に装具のミーティングに入ってもらえないでしょうか…というお願いをしてしまいました。
その当時、GREENを1番長く診てくれていたのがTさん。
前任のOさんと受けられなくなってしまったYさんがいなくなって、Eさん、Mさん(このMさんは現在のGREENの主担当理学療法士さんです)が入られて。
その事でGREENの当初からを知るセラピストがTさんだけになってしまったのです。
「装具のミーティングに入って頂けませんか?」というお願いをMさん経由でお願いした時にTさんは快く引き受けてくれ、改めて、GREENからもお願いをしてみると、『聞いてますよ。分かりました』と言って下さったので、安心してお願いする事が出来ました。
Tさんとのお別れが分かった時、スゴク辛かったけど、仕方ない事かなって素直に受け入れる事が出来ました。
この理学療法士さんがどこかで元気にやってくれてるといいなって思います。

2005/10/18 執筆


このセラピストとは、前任の主担当のセラピストの日程が合わなかったのか、このセラピストのピンチヒッターで来てくれるセラピストの本来の担当日も埋まってしまっていたのか、はっきり覚えていないのですが、Kさんと、どちらかで選んで下さいと言われて即興で選んだ事から始まりました。
このセラピストも最初、GREENが分からず探していました^^;
(初めてなんだから当たり前と言えば当たり前^^;)
病院のスタッフに聞いて、それでGREENも白衣を着たセラピストが立っていたので、この人がTさんかな?って思って、こちらからもお声かけさせて頂く事に。
それで自己紹介から入って色々やってもらいました。
凄く素敵なセラピストで(変な意味じゃなくて)、これからも受けたい!!って思ったセラピスト。
TさんにはGREENの前任セラピストが書き残して行った申し送りと当時、GREENのやっていた訓練内容に相違があるのか、最初にやってもらった新任セラピストの訓練内容がちょっと違った為、カルテを確認してもらい、もう1人の新任セラピスト(このもう1人の新任セラピストというのが現在のGREENの主担当セラピスト、Mさん)にTさんがやっている訓練内容を伝えて頂いた事もあります。
このセラピストが今どうしているのか分かりませんが、元気に頑張ってくれてるといいなぁ・・・と思います。


2005/10/21 執筆
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初代主担当理学療法士Oさん。
2006 / 04 / 10 ( Mon ) 22:42:36
2002年5月から2004年3月までお世話になりました。GREENが初めて受けた理学療法士さんです。
このPTさんは、オリエンテーション(オリエンテーリング?どっちだ?)の時にいきなり『装具作成しましょう!』と言ってGREENに装具作成のきっかけを作ってくれたセラピスト。
とても忙しいセラピストだった事もあり、来れない事も多々ありました。
しかし、GREENがYさんに受けられなくなってしまってからは、HさんかTさんを送り込んでくれました。
そのおかげで、GREENは『理学療法が怖い』と思う事もなく安心してセラピストに体を委ねる事が出来ました。
そんなセラピストとのお別れを聞いたのは3月の終わり、しかも、セラピストの最終日でした。GREENは最後の理学療法を受け、帰った後、とめどなく涙があふれ、止まりませんでした。
止める事が出来なかったのです。部屋でボロボロ泣きました。
その涙の事は忘れていません。
これから先もきっとこんな経験をしていくと思います。
だけど、その時が来たら次は笑顔でセラピストを送り出してあげられたらと思っています。

2005/10/29 編集

Oさんには、2002年5月から2004年3月までの約2年間お世話になりました。
ところが突然の異動(2004年3月発表の)でそれ以降、病院へ来られなくなりました。
Oさんとの2年間に渡るPT、凄く楽しかったです。
この理学療法士さんと出会うきっかけは、PTを始めたいと病院の院長に話した事。
そうしたら、このOさんの事を紹介してくれ、いいPTさんだからと言ってくれたのです。
私は「どんなPTさんなんだろう・・・」と期待&不安に駆られながら入れるようになるまでの1ヶ月近くを過ごす。
そうして入ったのが5月下旬。
かなりお年を召したPTさんだったんですが、オリエンテーリングから色々気にかけてくれ、即刻、装具作成を言い渡される事に。
そこで私はあれこれ悩みました。
でも、PTさんが言い出してくれた事、従う事にしました。
その後、後で紹介するTさんと出会います。
装具作成の為の型どりなどで、完成までに1ヶ月。
それまでもOさんは色々頭を捻って理学療法の内容を考えてくれました。
私の理学療法の最大の目的、現状維持は達成されているなって思いました。

そんなこんなでOさんとの別れは刻々と近づいていたのです。
それを知らない私はPTを思いっきり楽しんでいました。



2005年6月24日GREEN記。
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